神戸地方裁判所 昭和59年(行ウ)36号 判決 1985年3月25日
原告
赤木豊
同
小林憲雄
同
粟林昇
同
宗こと
石田宗堪
同
柿本公資
同
吉田公亮
右原告ら訴訟代理人
平田雄一
被告
神戸市長
宮崎辰雄
右訴訟代理人
奥村孝
中原和之
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五九年一〇月二四日訴外松井貞子に対し、別紙物件目録記載の土地についてした神戸市ホテル等建築指導要綱に基づく同意処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁(本案前)
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告が同意をするに至つた経緯等
(一) 訴外松井貞子(以下「松井」という。)は、その所有する別紙物件目録記載の土地(面積を728.23平方メートルとも主張)に、鉄骨造地上五階、地下一階の「ホテル夢」の増築を計画した。なお、同土地は、都市計画法上の住居地域である。
(二) ところが、被告は、昭和五九年四月二四日、神戸市ホテル等建築指導要綱(以下「指導要綱」という。)を定め、その四条一項において、ホテル等の建築等をしようとする者は、都市計画法二九条に定める開発許可を要するものにあつては開発行為事前審査願書の提出、建築基準法六条一項に定める建築確認申請、旅館業法の許可申請の手続を開始する前に神戸市長の同意を得なければならないとしている。
(三) そこで、松井は、指導要綱に基づき、都市計画法二九条に定める開発許可及び建築基準法六条一項に定める建築確認申請の手続をする前に被告の同意を求めるため、昭和五九年八月二一日に同意申請書を提出した。
(四) 被告は、右同意申請に対し、昭和五九年一〇月二四日同意を与える旨の通知を松井にした(以下被告のこの同意を「本件同意」という。)。
2 本件同意の違法性
(一) 指導要綱は、都市計画法、建築基準法、旅館業法に定めた規制より、高度な規制を定めているので、右の各法律に違反した無効の指導要綱であり、したがつて本件同意も違法である。
すなわち、
(1) 旅館業法三条三項によれば、許可申請にかかる施設の設置場所が学校教育法一条に定めた学校等の敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合は許可を与えないことができ、一〇〇メートルを越える場合についてはなんらの制限がないのにかかわらず、指導要綱は右距離制限を二〇〇メートルに広げ神戸市長の同意を要求している。
(2) 指導要綱は、建築基準法に基づいて建築しようとする建築物につき、具体的な規制のない内部構造等についてまで、制限している。すなわち、指導要綱五条は「利用者が施設から客室に行くには玄関帳場を経由し、共用廊下を通らなければならない構造であること」「何人も自由に利用できるロビー及び応接室を有すること」等の内部施設の制限をしている。
(二) 本件同意は指導要綱六条に違反したもので、違法な同意である。
(1) 指導要綱六条は、住居地域にホテル等を建築する場合は次に掲げる構造等の基準に適合したものであることを要求している。
① 利用者が駐車施設から個々の客室へ行くためには、非常用階段及び非常口を除くほか、玄関帳場を経由し、共用廊下を通らなければならないこと。
② 玄関付近には利用者と対面して受付けをするに適する構造の玄関帳場又はフロントの設備を有し、かつ、これらの設備が一か所に限り設置されていること。
③ 何人も自由に利用することができるロビー及び応接室又は談話室を有すること。
④ 食堂、レストラン又は喫茶室及びこれに付随する調理室を有すること。
⑤ 一人又は三人以上の者に利用させるための客室を有すること。
⑥ 前各号に掲げる構造設備は、ホテル等の規模及び収容人員に相応したものであること。
⑦ 周辺の住環境又は青少年の健全な育成を害するおそれのない意匠、形態等の外観であること。
(2) 右指導要綱の内容からして、指導要綱の目的は、市民の健全な生活環境の保持及び青少年の健全な育成を図ることにあり、右基準は、住居地域等にホテルを建築する場合は、ホテルがいわゆるラブホテルとならないようにするためのものである。指導要綱が目標としているホテルは、いわゆる都市型のビジネスホテル等市民一般に開放されたホテルを予定している。
ところが、松井は、現在同人が経営している「ホテル夢」の増築工事として、前記同意申請をしたもので増築部分は実質的にいわゆる「ラブホテル」の増築であり、一体となつて営業するものであることが当初から分つていた。したがつて、被告がした本件同意は、都市型ホテルの設置基準を定めた指導要綱に明らかに違反する。
3 神戸市中央区生田町地域は、現在はラブホテルが林立する地域であり、昼夜を問わず頻繁に利用するアベックの姿態、真夜中における車のエンジンの空ぶかし、急発進による著しい騒音、路上における酔客と同伴女性とのトラブル、くわえてホテル客室から漏れる嬌声、客室の掃除器、テレビの音、原告らの家族が路上でからかわれ、誘惑される等の昼夜にわたる被害を、原告らは受けている。
本件同意申請に基づいて増築が完成すると、新たに三五部屋のラブホテルが出現し、これを利用するアベックは一日に約一五〇人となり、その被害は原告らの快適な生活権を奪うもので、受忍限度を越える。
4 よつて、請求の趣旨どおりの判決を求める。
二 被告の本案前の主張
1 被告は、昭和五九年一〇月二四日別紙物件目録記載の土地上の「ホテル夢」の増築に関連して、指導要綱に基づく同意をした。
2 被告が、指導要綱を定めたのはホテル等の建築によつて市民の健全な生活環境の保持、及び青少年の健全な育成に障害を与えないよう広く市民に自主規制を求めるためである。すなわち、指導要綱は被告が内部的に定めたにすぎないもので、法令その他に根拠を有する法・規則類ではない。したがつて、指導要綱に基づく本件同意は行政処分ではなく、いわゆる行政指導にすぎない。「ホテル夢」の増築は、法的には建築基準法及び旅館業法に基づく手続によつで可能である。
三 本案前の主張に対する原告の反論(本件同意の処分性)
本件同意は行政処分である。
1 ホテル等を建築しようとする者は、営業等の面では旅館業法が、建物等の面では建築基準法がそれぞれ適用され、右二法に準拠している限り自由にホテル等を建築し、営業することができる。
2 ところが、被告が前記のような指導要綱を制定したため、神戸市内でホテル等を建築しようとする者は、前記二法のほかに指導要綱に適合し神戸市長の建築等に関する同意まで要求されることになつた。
そして、同意申請に際しては付近見取図・配置図等の添付が要求され、また、指導要綱に基づく同意は具体的、個別的に要求されるのではなく、神戸市内においてホテル等を建築する者すべてに適用されるものである。
3 このように、指導要綱に適合しない限り建築に同意しないということは、建築等の制限等を申請者の自発的意思に委ね、個別具体的に行う行政指導ではなく、権力を行使しているものといわなければならない。また、指導要綱に基づく同意がない限り、建築確認申請等法律に定める手続ができないことは、指導要綱に基づく同意が行政処分であることを意味するにほかならない。
第三 証拠<省略>
理由
一本件同意の処分性
1 行政事件訴訟法三条二項にいう抗告訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行為のうち、行政庁が対等な地位ではなくて、優越的な地位に基づいて直接国民の権利義務を形成し、又はこれに影響を与え、若しくはその範囲を確定することが法律上認められているもので、正当な権限を有する機関により取り消されるまでは、一応適法性の推定を受け有効として取り扱われるものを指すと解するのが相当である。
2 そこで、行政庁である被告が行つた本件同意は、直接に国民(本件では神戸市民)の権利義務を形成、ないしその範囲を確定する法律上の効果をもたらすものであるかどうかについて検討する。
ところで、被告が本件指導要綱に基づいて本件同意をしたことについては当事者間に争いのないところであるが、本件指導要綱は、神戸市が市民の健全な生活環境の保持及び青少年の健全な育成のために、ホテル等建築の際の行政指導の基準・心得として内部的に定めた準則であるにすぎず、法令その他に根拠を有する法律・規則とは異なるものであるから、その法律上の拘束力も直接市民にまでは及ばず、指導要綱に従うかどうかは任意であると解される。
そして、<証拠>を総合すると、被告はホテル等の建築についての行政指導の基準として指導要綱を定めているが、指導要綱一条には、その目的として市民の健全な生活環境の保持及び青少年の健全な育成を図り、もつて市民の福祉の向上に寄与することとしていること、指導要綱四条一項には原告主張のとおりホテル等の建築等をするに際しては市長の同意を要求していること、指導要綱五条は同意の基準としてホテル等の建築場所等の区域条件を定めていること、指導要綱六条にはホテルの構造等の基準を定めていること、指導要綱にはその他の建築基準等を定めていることが認められ、他方、被告が本件同意をしたのは、指導要綱に基づく行政指導に際し、松井申請にかかる「ホテル夢」の増築が指導要綱所定の同意基準に合致し、しかも前記目的を阻害しないものと判断したためであることは容易に推認されるところである。すなわち、本件同意申請に対しては、被告は、あくまでも指導要綱に基づく行政指導の見地から検討し、「ホテル夢」の増築は、指導要綱五条に定める区域内の増築であり、指導要綱六条その他指導要綱に定めた基準にも合致し、かつ指導要綱に定めた前記目的にも反しないものであることを確認してこれを承認したもので、本件同意は指導要綱に基づく行政指導の一環としてなされたもの(したがつて、許可ではなく、あくまでも同意にとどまる)にすぎず、これをもつて本件申請人松井の権利義務を形成し又はその範囲を確定する法律上の効果をもたらしたり、あるいは本件申請人松井の都市計画法・建築基準法・旅館業法上の権利義務になんらかの影響を与えるものではない。
してみると、本件同意は神戸市の指導要綱に基づく行政指導としてなされたものであつて、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないことは、明らかである。
3 なお、原告は、指導要綱が旅館業法等に比してより高度の規制をしていること、指導要綱に基づく同意がない限り建築確認申請等の手続ができないことをもつて、指導要綱に基づく同意を行政処分と主張するが、指導要綱が法令に根拠を有しない行政機関内部の行政指導の基準、心得であること、行政指導に服従するかどうかは相手方の任意であることは前述のとおりであるから、原告主張の右事由をもつてしても指導要綱に基づく同意を行政処分ということはできない。
二結論
よつて、原告らの本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(村上博巳 小林一好 横山光雄)
物件目録
一 神戸市中央区生田町二丁目三一番二
宅地 83.12平方メートル
一 同町二丁目三一番四
宅地 264.89平方メートル